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平井楳仙(ひらいばいせん)

日本画家[日本]

(本名・平井秀三)

1969年 8月30日 死去享年81歳

平井楳仙 - ウィキペディアより引用

平井 楳仙(ひらい ばいせん、1889年1月5日 - 1969年8月30日)は、京都府京都市生まれの日本画家。
帝国美術院展覧会審査委員。
本名は平井秀三。
略歴= 1906年(明治39年)に京都市立美術工芸学校絵画科卒業。
1907年(明治40年)新古美術展四等受賞(夕月)第1回文展入選(宮苑の朝)。
1910年(明治43年)に京都市立美術工芸学校卒業生入江波光・榊原紫峰らによる研究会「桃花会」を結成し、翌年には、榊原紫峰・野長瀬晩花・星野空外ら京都大学文学研究者たちと「バトサヤ」を立ち上げる。
文部省美術展覧会(初期文展・新文展)・帝国美術院展覧会に無鑑査出品を続け、戦後は後援会の楳推会を中心に活躍した。
出品歴= 1907年 (明治40年)新古美術展四等受賞(夕月)・第一回文展に入選(宮苑の朝) 1908年 (明治41年)新古美術展五等受賞・第二回文展に入賞(晩春) 1909年 (明治42年)第三回文展三等賞(没落) 1910年 (明治43年)第四回文展三等賞(大仏炎上)・ロンドン日英博覧会銀賞受賞 1911年 (明治44年)新古美術展三等受賞・第五回文展褒状を受ける(赤つち山) 1912年 (明治45年)第六回文展三等賞(こさめの朝・浦づたい) 1913年 (大正2年)新古美術展四等賞(時雨)・大正博覧会三等六席を受賞 1914年 (大正3年)第八回文展三等賞受賞(遼河の夏)・東京大正博覧会銀杯受賞 1915年 (大正4年)第九回文展二等賞受賞(夏三題)無鑑査になる 1916年 (大正5年)第十回文展無鑑査出品(都三十景) 1917年 (大正6年)第十一 ……

平井楳仙が亡くなってから、55年と83日が経過しました。(20172日)