新藤凉子 氏(しんどうりょうこ)
詩人[日本]
2022年 10月7日 死去間質性肺炎享年91歳
新藤 凉子(しんどう りょうこ、1932年〈昭和7年〉3月23日 - 2022年〈令和4年〉10月7日)は、日本の詩人。
本名は古屋涼子(ふるや りょうこ)。
元『歴程』編集発行人。
元日本現代詩人会会長。
夫は古屋奎二(1931-2000、元産経新聞論説副主幹、近畿大学中国文化史教授)。
経歴=
1932年、鹿児島県生まれ。
幼少期を旧満州(現中国東北部)で過ごした。
共立女子大学中退。
1952年(昭和27年)、東宝舞台に入社すると共に劇団東童に入団する。
1954年(昭和29年)、三木卓らと同人の詩誌『氾』に参加する。
その後、舞台衣装研究室を設立する。
文壇バーの経営もした。
1962年(昭和37年)、早稲田大学聴講生として学んだ後にヨーロッパに渡り、日本に帰国後は草野心平の推薦で『歴程』同人となる。
1964年(昭和39年)、原作の「めひょう」がフジテレビの連続ドラマで放映される。
新川和江、吉原幸子らと女性詩誌『現代詩ラ・メール』(1983-1993)で活躍。
1986年(昭和61年)、詩集『薔薇ふみ』で高見順賞受賞。
2007年(平成19年)、『薔薇色のカモメ』で丸山薫賞受賞。
2013年(平成25年)、河津聖恵・三角みづ紀との連詩集『連詩 悪母島の魔術師』で藤村記念歴程賞受賞。
現代詩人会会員。
1990年(平成2年)、熱海市に転居する。
2022年(令和4年)10月7日、間質性肺炎のため静岡県熱海市の病院で死去。
90歳没。
人物=
1950年代、新宿で文壇バー「とと」を経営し、客であった ……
新藤凉子さんが亡くなってから、2年と45日が経ちました。(776日)