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舟越保武 氏(ふなこしやすたけ)

彫刻家[日本]

2002年 2月5日 死去多臓器不全享年91歳

舟越保武 - ウィキペディアより引用

舟越 保武(ふなこし やすたけ、1912年12月7日 - 2002年2月5日)は、日本の彫刻家。
佐藤忠良と共に戦後日本を代表する具象彫刻家。
新制作協会彫刻部創立会員。
東京藝術大学名誉教授。
文化学院出身。
直彫りによる石彫の第一人者とされ、日本でまだ石彫が珍しかった時代に、大理石や砂岩を使った作品に取り組み、独自のスタイルを築いた。
画家の妻道子との間に子供6人。
次男の舟越桂や三男の舟越直木も彫刻家として活躍。
娘の末盛千枝子(末盛憲彦の妻)は、児童文学編集者で「すえもりブックス」経営者。
生涯= 1912年、岩手県二戸郡一戸町小鳥谷生まれ。
父親が熱心なカトリック信者だった。
県立盛岡中学校(現岩手県立盛岡第一高等学校)在学中、(同期に松本俊介)に高村光太郎訳の「ロダンの言葉」に感銘を受け、彫刻家を志す。
1939年、東京美術学校(後の東京藝術大学)彫刻科を卒業。
このとき出会った佐藤忠良とは終生の友情を培うことになり、共に戦後の日本彫刻界を牽引していく。
同年、新制作派協会彫刻部創立に参加して会員となる。
この頃から大理石彫刻を始める。
1940年、盛岡に疎開。
深沢省三・深沢紅子夫妻と共に岩手県美術研究所で後輩の指導にもあたった。
1950年、第14回新制作派展出品作「アザレア」は文部省買い上げとなった。
同年、長男が生まれて間もなく急死したのを機に、家族全員で洗礼を受けてカトリックに帰依。
キリスト ……

舟越保武さんが亡くなってから、22年と289日が経ちました。(8325日)