イザベル・サルリ 氏Isabel Sarli
女優[アルゼンチン]
2019年 6月25日 死去享年91歳

イザベル・サルリ(Isabel Sarli, 1929年7月9日 - 2019年6月25日[1])は、アルゼンチンのモデル、女優である[2]。
本名イルダ・イサベル・サルリ・ゴリンド・ティト (Hilda Isabel Sarli Gorrindo Tito)。
原音に忠実な表記はイサベルであるが、日本では本項目名で知られる[3][4]。
そのグラマラスな肢体からポップ・アイコン、ゲイ・アイコン、セックスシンボルとされた。
サルリの作品は、エロティック、キャンプ、キッチュでグロテスクな表現により、後に再評価され、結果、カルト映画としてラテン諸国を中心とした映画ファンに愛されるようになった。
来歴・人物=
1929年(昭和4年)7月9日、アルゼンチンのエントレ・リオス州コンコルディアに生まれる[2]。
La leona 撮影中のイザベル(左)とボー、1964年。
1955年(昭和30年)、同年度の「ミス・アルゼンチン」のタイトルを獲得、イルダ・イサベル・サルリの名で、同年度のミス・ユニバース(ミス・ユニバース1955)に出場する[2][5]。
同大会は、スウェーデン代表のヒレヴィ・ロンビンが第1位、日本代表の高橋敬緯子が第5位を獲得した年である[5]。
俳優から監督も手がけるようになったアルマンド・ボーに抜擢され、1956年(昭和31年)、『女体蟻地獄』にボーとともに主演して、映画界にデビューする[2]。
以降、ボーの監督作を中心に女優として活躍、時期は不明であるが、ボーと結婚した[2]。
1980年(昭和55年)に公開されたボーの監督作 Una viuda descocad ……
イザベル・サルリさんが亡くなってから、6年と7日が経ちました。(2199日)