本庄正則 氏(ほんじょうまさのり)
伊藤園 創業者[日本]
2002年 7月22日 死去享年69歳
本庄 正則(ほんじょう まさのり、1934年4月25日 - 2002年7月22日)は、日本の実業家。
伊藤園の創業者。
経歴=
略歴=
兵庫県神戸市出身。
1959年早稲田大学第一法学部を卒業して東都日産モーターで自動車セールスマンをしていたが、脱サラし日用品の訪問販売会社「日本ファミリーサービス株式会社」を1964年に埼玉県で起業した。
同社取扱商品の中の一つであった茶葉製品に注力するかたちで、1966年6月に産地直送の販売手法による「フロンティア製茶株式会社」を静岡県静岡市神明町(現・静岡市葵区神明町)に設立。
茶葉製品市場に参入した。
その後、東京・上野にあった茶問屋「釜邦」より「伊藤園」の商号を200万円で譲り受け、1969年5月より現社名の「株式会社伊藤園」に商号を変更している。
同年6月、株式会社本庄商事(旧・日本ファミリーサービス株式会社)および合資会社ビーエー商会から緑茶事業の営業譲渡を受け、生産部門を確保し製茶事業にも参入した。
1966年に手形詐欺事件に巻き込まれ、約5,000万円の不良債権を抱えるなど、創業期の経営は順風満帆とは言えなかったが、量り売りが主流であった当時の茶葉販売において、1972年日本初の真空パッケージ入り茶葉の製品化に成功した。
さらに埼玉銀行(現・りそな銀行、埼玉りそな銀行)より資金を借り入れ、1974年静岡県榛原郡相良町(現・牧之原市)に生産工場と研究所を建設し、流通業からメーカーへの転換を契機に業績を拡大 ……
本庄正則さんが亡くなってから、22年と122日が経ちました。(8158日)