山口昌紀 氏(やまぐちまさのり)
元近畿日本鉄道<現・近鉄グループホールディングス>社長[日本]
(大阪近鉄バファローズ球団をオリックスと合併することを決断)
2017年 12月8日 死去心不全享年82歳
山口 昌紀(やまぐち まさのり、1936年(昭和11年)2月11日 - 2017年(平成29年)12月8日)は、日本の実業家。
近畿日本鉄道(近鉄、現・近鉄グループホールディングス)の元代表取締役会長・社長(大阪電気軌道創立から14代目)。
来歴・人物=
奈良県奈良市生まれ・在住。
奈良学芸大学附属中学校・奈良女子大附属高校・京都大学法学部を卒業して1958年(昭和33年)に近鉄入社。
1991年に取締役に就任(秘書室長)。
以後、1993年に常務、1997年に専務、1999年に辻井昭雄社長就任とともに副社長(経営企画・流通部門担任)となった。
2003年6月の株主総会後の取締役会で、社長に就任した(辻井前社長は会長に就任)。
辻井社長時代に始まった、グループの再建を継承するとともに、赤字のレジャー部門を立て直すため、就任直後に近鉄あやめ池遊園地の閉園を決定した。
また、大阪近鉄バファローズの経営再建が難しいと判断し、球団をオリックス・ブルーウェーブと合併することを2004年6月13日に発表し(その合併の記者会見の席上において、山口は「球団は回収の見込みがない経営資源」と発言)、プロ野球再編の主役となった。
だが、球団合併による再編は球団数の削減さらには1リーグ制へと進むことにつながるとして、多くのプロ野球ファンから反発を受けた。
しかし、球団合併については、政財界の重鎮であるオリックス・宮内義彦オーナーの強い提案によるもので、辻井前社長時代に続いた ……
山口昌紀さんが亡くなってから、6年と348日が経ちました。(2540日)