エリッヒ・フォン・シュトロハイムErich von Stroheim
映画監督、俳優[オーストリア=ハンガリー帝国→アメリカ]
1957年 5月12日 死去享年73歳
エリッヒ・フォン・シュトロハイム(Erich von Stroheim、1885年9月22日 - 1957年5月12日)は、オーストリアで生まれハリウッドで活躍した映画監督・俳優。
映画史上特筆すべき異才であり、怪物的な芸術家であった。
徹底したリアリズムで知られ、完全主義者・浪費家・暴君などと呼ばれた。
また、D・W・グリフィス、セシル・B・デミルとともに「サイレント映画の三大巨匠」と呼ばれることもある。
来歴・人物=
初期=
『アルプス颪』(1919年)のポスター
1885年9月22日、オーストリア=ハンガリー帝国(現在のオーストリア)ウィーンにてユダヤ系ドイツ人の両親の間にエリッヒ・オズヴァルド・シュトロハイムとして生まれる。
父親は帽子職人。
商業学校を卒業後帽子職人となる。
1906年に陸軍入隊、翌年除隊。
1909年にアメリカに渡った。
出自の貧しいユダヤ系オーストリア人ではあったが、新天地・アメリカで幅を利かせるため、いかにもドイツ風で独特な容貌の魁偉さ、尊大な立ち居振る舞いを映画界でのブラフに利用し、貴族名前の称号「von」(フォン)を自称した。
自称の経歴によれば、父はフリードリヒ・フォン・ノルトヴァルト公で、士官学校在学中に貴族と決闘沙汰を起こし、フランツ・ヨーゼフ皇帝から直々にアメリカ行きを勧められたという。
1914年、軍服アドバイザーとして映画界に入り、D・W・グリフィスの『國民の創生』(1914年)で監督助手を務めた。
また同作では屋根から ……
エリッヒ・フォン・シュトロハイムが亡くなってから、67年と193日が経過しました。(24665日)