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今井白楊(いまいはくよう)

詩人[日本]

1917年 8月2日 死去溺死享年29歳

今井白楊 - ウィキペディアより引用

今井 白楊(いまい はくよう、1889年12月3日 - 1917年8月2日)は、日本の詩人である。
人物= 本名は国三。
別号に夏明、太原、冬夜。
鹿児島県薩摩郡隈之城村大字東手の向田(現在の鹿児島県薩摩川内市)の焼酎製造業の家に生まれた。
川内中学校(現在の鹿児島県立川内高等学校)で岩谷莫哀と同窓となり、早稲田大学英文科に進学。
1909年、自由詩社に参加。
機関紙「自然と印象」に詩を発表するほか、河井醉茗主宰の「詩人」(詩草社)などにも作品を寄せている。
1911年、『闇と脚光』で第5回雑誌『太陽』懸賞脚本に当選(賞金100万円)。
1914年、「失楽園物語」を執筆。
1917年、千葉県犬吠埼で遊泳中に親友三富朽葉とともに溺死。
そのために単行本になった詩集はない。
犬吠埼灯台下に朽葉の父三富道臣が建立した涙痕の碑がある。

今井白楊が亡くなってから、107年と111日が経過しました。(39193日)

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