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ジャン=ルイ・バロー 氏Jean-Louis Barrault

俳優演出家[フランス]

1994年 1月22日 死去心臓発作享年85歳

ジャン=ルイ・バロー - ウィキペディアより引用

ジャン=ルイ・バロー(Jean-Louis Barrault、1910年9月8日 - 1994年1月22日)はフランスの俳優、演出家、劇団主宰者。
日本には、映画『天井桟敷の人々』のバチスト役、および、1960年、1977年、1979年の三度の来日公演などにより、知られた。
女優マドレーヌ・ルノーを妻とした。
姪に女優のマリー=クリスティーヌ・バローがいる。
生涯= パリ西郊、イヴリーヌ県ル・ヴェジネの、薬剤師の家に生まれた。
パリのシャプタル高等中学校(Lycée Chaptal)を卒業し、父の希望に背き、店員や中学校の自習監督係などを経て、1931年、シャルル・デュラン一座に入り、ベン・ジョンソン作、シュテファン・ツヴァイク および ジュール・ロマン脚色の『ヴォルポーヌ』の端役で、初舞台を踏んだ。
貧窮の中で、1935年から2年間、アトリエ座俳優学校のエティエンヌ・ドクルー(Étienne Decroux)に、パントマイムも学んだ。
この学校にはマルセル・マルソーもいた。
1936年、ウィリアム・フォークナーの『母をめぐって』をアトリエ座で演出し、名を上げ、デュランの友人ルイ・ジューヴェにも、認められた。
1932年から1936年までジャック・プレヴェール、ポール・グリモー、クロード・オータン=ララらが組織したアジプロ劇団『10月グループ』(Groupe Octobre)の、メンバーでもあった。
マドレーヌ・ルノーと(1952)1939年(29歳)、第二次世界大戦に召集されて還り、1940年、臨時支配人ジャック・コポーに招かれ、コメディ ……

ジャン=ルイ・バローさんが亡くなってから、30年と303日が経ちました。(11261日)

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