梅津栄 氏(うめづさかえ)
俳優[日本]
2016年 8月6日 死去肝硬変享年89歳
梅津 栄(うめづ さかえ、1928年〈昭和3年〉7月5日 - 2016年〈平成28年〉8月6日)は、日本の俳優。
富山県下新川郡泊町(現・朝日町)出身。
身長167cm、体重80kg。
本名:梅津 榮(うめづ しげる)。
元同人会ミヤプロ、ヒトメディア所属、晩年は芸能事務所DualProduction所属であった。
来歴・人物=
富山県下新川郡泊町(現・朝日町)出身。
富山県立富山工業学校(現在の富山県立富山工業高等学校)機械科を卒業。
父を亡くし、紡績工場に勤めるが、1951年に俳優を志して上京、舞台芸術学院入学(2期生)。
その後、木村功の付き人になる。
俳優を目指した動機は「桂木洋子に憧れ、ひょっとしたら共演できるんじゃないかと思ったため」と述べている。
若い頃から老け役として活躍。
老け役を演じるため、若いうちに総入れ歯にしていた。
「俺は庶民俳優だから」と称し、悪役からコミカルな三枚目・とぼけた役・シリアスな役柄等演技の幅は広く、名作からコメディまで内容を選ばなかった。
また、若手の俳優と絡む様な場面でも決して偉ぶることなく、自分より経験の浅い俳優の演技をサポートしつつも自らの仕事を全力でこなしていたという。
『キネマ旬報』のインタビューでは「傍役ってのは、でも、屈辱の世界ですわな」と漏らしており、少ない出演シーンで要求されるものを表現せねばならない難しさと苦労を語っている。
新しい仕事の前日には眠れないと明かしており「ど ……
梅津栄さんが亡くなってから、8年と107日が経ちました。(3029日)