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榊原政永(さかきばらまさなが)

越後高田藩主[日本]

(文化4年12月29日没)

1808年 1月26日 死去享年73歳

 - ウィキペディアより引用

榊原 政永(さかきばら まさなが)は、江戸時代中期の大名。
越後高田藩初代藩主、榊原家9代当主。
ただし、本来の初代藩主・9代当主であった異母兄の榊原政純の身代わりとして擁立され、公式には同一人物とされた。
生涯 元文元年(1736年)6月1日、姫路藩主榊原政岑の次男として生まれる。
生母は坂田氏。
幼名は富次郎。
初名は政従。
その後、政純(兄の名)、忠宝、政次、政一、政永(隠居後)と改名する。
寛保元年(1741年)、政岑は将軍徳川吉宗から強制隠居と蟄居を命じられ、家督は嫡男の小平太政純が継いだが、さらに姫路から高田へ転封となった。
政岑は寛保3年(1743年)に没した。
延享元年(1744年)12月11日、小平太政純が病死した。
小平太は兄とはいえ富次郎とは1歳しか違わず、当時数え10歳であった。
幼少のため将軍御目見も果たしておらず、世継も定めていなかった。
末期養子が認められる年齢でもなかったため、榊原家は幕閣から内密の了承を得て、弟の富次郎政従を小平太政純とすり替えることにした。