赤松啓介 氏(あかまつけいすけ)
民俗学者[日本]
(本名・栗山一夫)
2000年 3月26日 死去享年92歳
赤松 啓介(あかまつ けいすけ、1909年3月4日 - 2000年3月26日)は、日本の在野の民俗学者、郷土史家、社会運動家。
本名は栗山一夫。
来歴・人物=
兵庫県加西郡下里村(現加西市)出身。
昭和初期に10代から独学で、行商をしながら都市とムラを行き来し民俗学的調査に取り組む。
戦前非合法であった日本共産党に入党し、治安維持法違反で検挙され収監された経験を持つ。
戦後は神戸市史編集委員、神戸市埋蔵文化財調査嘱託などを務めた。
柳田國男などが性とやくざと天皇の民俗学を話題にしない事に反発し、階級闘争史観の視座とフィールドワークを中心とした研究手法で「非常民」の民俗学を研究発表した。
関西を中心に活動し、ムラを維持するための公事でありムラの性的規範として夜這いに注目し、庶民の性生活を調査研究、それを体系化したことで知られる。
再評価・批評=
日本民俗学が性信仰・性民俗・性生活分野の研究が手薄なのは、日本民俗学の確立者である柳田國男が個人的な倫理観から忌避したことからくるという批判があり、こうした言説は1980年代半ばから1990年代半ばに隆盛、赤松啓介はこのムーブメントにおいて、「戦前の反・柳田民俗学」の旗手としてして再発見された。
なお、國學院大學の飯倉義之は、この時代の赤松民俗学の読まれ方は、赤松の資料や発言を表層的に「真実」として読み、引用し、「赤松さんだけがこれまで誰も知りえなかった〝真実〟を知ってい ……
赤松啓介さんが亡くなってから、25年と115日が経ちました。(9246日)