高林拓二 氏(たかばやしたくじ)
囲碁棋士[日本]
2019年 7月7日 死去多臓器不全享年78歳
高林 拓二(たかばやし たくじ、1942年5月21日 - 2019年7月7日)は、日本棋院東京本院所属の囲碁棋士。
七段。
石川県金沢市出身、大窪一玄九段門下。
多くの内弟子を取り、後進の育成に努めた。
人物=
石川県金沢市出身。
小学4年生の時、友人に教わって囲碁を始める。
父もアマ県代表クラスの実力があったが、直接囲碁を教わることは無かった。
13歳の時に上京して日本棋院東京本院の院生となり、1957年に大窪一玄に弟子入り。
この頃は父が満足に仕送りを送れる状況になく、囲碁の指導で自らの生計を立てるなど、厳しい環境が続いた。
1961年、18歳で入段を果たす。
1964年に三段に昇段するが、そこで一度囲碁界を離れる。
15-16歳の頃から「人間は何のために生きるのか」と疑問を抱き、プロ入り後には名人や本因坊になることに意味があるのか、とも考え出す。
その頃に出会った信仰に惹かれ、囲碁と決別。
伝道師としての活動を開始する。
日本全国を巡回したほか、三度向かったアフリカでは、一時は家族で中央アフリカ共和国に移住する話も進んでいた。
その間も散発的に手合に出場していたが、1986年より本格的に棋士として復帰。
囲碁を離れ、信仰の道に一時進んだことについては、悔いはないと語っている。
2005-2006年頃より内弟子を取り始め、後進の育成に努める。
そのために広い家に移住し、多いときには10人前後の内弟子を抱えた。
9.11のような事件が発生し ……
高林拓二さんが亡くなってから、6年と109日が経ちました。(2301日)