飯島藤十郎 氏(いいじまとうじゅうろう)
山崎製パン 創業者[日本]
1989年 12月4日 死去享年80歳
飯島 藤十郎(いいじま とうじゅうろう、1910年〈明治43年〉11月7日 - 1989年〈平成元年〉12月4日)は、日本の実業家。
山崎製パンの創業者である。
来歴・人物=
東京府北多摩郡三鷹村に生まれる。
16歳で父親を亡くし、旧制中学を中退して新宿中村屋へ勤める。
1931年に中村屋を辞して、現在の東京学芸大学にあたる東京府豊島師範学校二部に入学する。
後に、中村屋の店主相馬愛蔵の影響でクリスチャンになり、2人の弟とともにキリスト教の洗礼を受ける。
豊島師範学校卒業後、東京市内の第一寺島小学校に赴任。
赤坂仲の町小学校の体育主任であった際、同僚の女性に結婚を申し込むも、小学校教師である事を理由に女性の家族から反対された事から、中等教員検定試験に合格し、東京府立航空工業学校体操教師になる。
1939年3月、同じく教師の女性と見合い結婚。
長男を授かる間もなく1942年7月に未教育のまま陸軍に召集されて千葉県柏市の高射砲兵になる。
翌年、所属中隊はアッツ島に動員され玉砕するが、甲種幹部候補生として教育中であったため難を逃れた。
。
陸軍少尉に任官後、1944年(昭和19年)、国府台の高射砲将校下士官教育隊に所属し、区隊長兼物品掛。
独立高射砲第3大隊への再編後も同隊附として終戦を迎える。
復員後、陸軍時代に過ごした千葉県市川市中国分の練兵場跡へ入植し「東台農事実行組合」を設立する。
1947年のキティ台風時に、被災製紙工場の濡れ藁と ……
飯島藤十郎さんが亡くなってから、36年と50日が経ちました。(13199日)

