ミハイル・ロモノーソフMikhail Vasilyevich Lomonosov
博学者、作家[ロシア]
1765年 4月15日 死去享年55歳
ミハイル・ワシリエヴィチ・ロモノーソフ(ロシア語: Михаи́л Васи́льевич Ломоно́сов, ラテン文字転写: Mikhail Vasilyevich Lomonosov、1711年11月19日(ユリウス暦 11月8日) – 1765年4月15日(ユリウス暦 4月4日))は、ロシアの博学者、科学者、作家。
文学、教育、科学に関する業績を残している。
とりわけ金星の大気の発見が重要。
モスクワ大学創設者。
ロモノーソフは詩人でもあり、ロシア文章語の改革にも努めている。
同じくロシアの詩人アレクサンドル・プーシキンから「ロモノーソフ自身が大学である」と評価されたことでも知られる。
生い立ち=
ロモノーソフはロシア帝国のアルハンゲロゴロド県(ロシア語版)出身である。
彼はロシア極北ホルモゴルイ付近の島にあるアルハンゲリスク市デニソフカ(露:Денисовка 英:Denisovka)村に生まれた。
漁師から科学者へ=
10歳の時には漁師の父を助けて働いていた。
彼は学ぶことを好んでおり、知り合いに本を借りて独学をしていたが、付近に学校が無かったため本格教育を受けることができなかった。
19歳になった1731年、友人のつてでモスクワのスラヴギリシャラテンアカデミーСлавяно-греко-латинская академия (Slavic Greek Latin Academy) に入学する。
彼は1日わずか3コペイカ(0.03ルーブル)で過ごしながらも猛勉強し、12年の課程を学年トップの成績でわずか5年で修了した。
その後1年間キエフ・モ ……
ミハイル・ロモノーソフが亡くなってから、259年と218日が経過しました。(94818日)