サン=ジョン・ペルスSaint-John Perse
詩人、外交官[フランス]
1975年 9月20日 死去享年89歳
サン=ジョン・ペルス(Saint-John Perse, 1887年5月31日 - 1975年9月20日)は、フランスの詩人、外交官。
本名マリー=ルネ・オギュスト・アレクシ・レジェ(Marie-René Auguste Alexis Leger)、略称はアレクシ・レジェ(Alexis Leger)1960年にノーベル文学賞を受賞した。
人物=
サン=ジョン・ペルスはフランス海外県のグアドループのポワンタピートル(Pointe-à-Pitre)で生まれた。
父親は弁護士でグアドループに住んでいた。
ペルス一家は、自らが所有する2つのプランテーション(1つはコーヒー、もう1つはサトウキビ)の管理栽培していた。
1897年、グアドループの議会初の現地出身の議長であるエジェジップ・レジティミュス(Hégésippe Légitimus)は、入植者に対する報復的政策を打ち出し経営が成り立たず。
ペルスの家族はフランスに引き揚げ、ポーに住むこととなった。
ペルスはフランス本国には疎外感を抱き、ハイキング、フェンシング、乗馬、セーリングなどのスポーツにのめり込むようになっていった。
1904年、バカロレアを得て、ボルドー大学で法学を学び始めた。
また文化クラブに顔を出すようになり、そこでフランシス・ジャム、ポール・クローデル、オディロン・ルドンらと出会った。
処女作であるロビンソン・クルーソーの翻訳を出版し、次にピンダロスの翻訳を手がけた。
1907年、父親が亡くなり、家庭の財政状況が厳しくなって大学を退学したが、学位は取得することができた。
1910年に詩 ……
サン=ジョン・ペルスが亡くなってから、49年と63日が経過しました。(17960日)