日高恒太朗 氏
ノンフィクション作家[日本]
2014年 11月3日 死去享年64歳
日高 恒太朗(ひだか こうたろう、1952年3月 - 2014年11月3日)は、日本のノンフィクション作家。
本名・盛久。
タンカーなど外国航路船舶の一等航海士を経て、1977年日本テレビの放送作家になる。
その後、事件ライターに。
出撃しながらエンジン不調などで生還した元特攻隊員23人を訪ね歩き、それぞれの心の深奥に迫ったノンフィクション『不時着』で、2005年第58回日本推理作家協会賞(評論その他の部門)を受賞。
2度の結婚と離婚を経験、後妻との間の子供は彼女自身が引き取っている。
経歴=
鹿児島県種子島生まれ。
中学卒業前に、高校受験のために大阪の叔父の家に下宿する。
三重県にある国立鳥羽商船高等専門学校を卒業し、外航船の乗組員となる。
しかし、1973年のオイルショックの影響で海運会社が倒産。
日高は22歳で妻帯しており、フリーター生活をしながら、今村昌平の横浜放送映画専門学校に籍を置いていた。
学費未納で映画学校は中退となったが、イマヘイ(今村昌平)が推薦した、テレビ番組の構成者の仕事に就く。
しかし、「仕事と遊びの境界が曖昧」という業界や日高らの暮らしについていけなかった妻とは、離婚することになる。
船を降りて3年目の年であった。
なお、この最初の妻は同じ種子島出身だった。
1982年からフリーライターとなる。
交際関係=
田村孟
バイトに通う日々が重なり、映画学校にはほとんど顔を出さなかったが、非常勤講師の田 ……
日高恒太朗さんが亡くなってから、10年と18日が経ちました。(3671日)