東郷健 氏(とうごうけん)
社会運動家[日本]
2012年 4月1日 死去前立腺がん享年81歳
東郷 健(とうごう けん、1932年〈昭和7年〉6月10日 - 2012年〈平成24年〉4月1日)は、日本の社会運動家・政治活動家。
雑民の会・雑民党代表。
本名は、東郷 健(とうごう たけし)。
兵庫県加古川市生まれ。
「伝説のおかま」と紹介されることがある。
同性愛者ではあるものの、自らの結婚歴や子供の存在を否定していない(下に詳述)。
祖父の名倉次は衆議院議員(立憲改進党)、父の東郷伍郎は兵庫県議会議員であったが、健は地元と絶縁状態だったため、いわゆる世襲候補扱いはされていない。
主な経歴=
後妻の子。
異母兄は「継母いじめ」を行い、父の死後は家長として健の母を召使いのようにこき使ったという。
実母の没後、異母兄は健の行状を理由に、健の遺産相続権を奪う訴訟を起こし、異母兄側が勝訴した。
このような経緯からほとんどの親族と絶縁状態にある。
1955年、関西学院大学商学部卒業。
第一銀行行員、ガソリンスタンド経営を経て、ブロイラー養鶏場経営。
養鶏場の経営失敗により、多額の負債を負う。
返済のため、1963年姫路市でゲイバー「るどん」(三島由紀夫の小説『禁色』のゲイバーの名に因む)を経営。
一時は経営するゲイバーが軌道に乗ったが、翌年従業員や行政との度重なるトラブルにて廃業。
姫路から単身東京に出て、銀座のゲイバー「青江」にてゲイボーイとして働く。
その後、東京にて、1968年ゲイバー「とうごうけん」経営。
ゲ ……
雑誌編集者で元「雑民党」代表の東郷健(とうごう・けん、本名健=たけし)氏が1日午後10時57分、前立腺がんのため東京都中野区の自宅で亡くなった。79歳だった。兵庫県出身。葬儀は親族で済ませた。 「ザ・ゲイ」など男性同性愛者向け雑誌の編集長を務めた。自らも同性愛者と公言。ゲイや障害者への差別撤廃などを訴え、衆・参院選や東京都知事選に立候補したが、いずれも落選した。1983年の参院選で政見放送の一部をNHKが差別用語としてカットしたことを違法として提訴したが敗訴した。
東郷健さんが亡くなってから、12年と234日が経ちました。(4617日)