ウィリアム・ディターレWilliam Dieterle
映画監督[西ドイツ]
1972年 12月8日 死去享年80歳
ウィリアム・ディターレ(William Dieterle, 本名:Wilhelm Dieterle, 1893年7月15日 - 1972年12月8日)は、ドイツ・アメリカ合衆国の映画監督。
生い立ち=
父ヤーコプと母ベルテの9人兄弟の末っ子で、家は貧しく、早くから自立しなければ生きていくことができず、物心つく頃から木工職人やスクラップ業などの仕事を転々としていた。
ただし、幼い彼には舞台への望みがあった。
16歳でグループ劇団に入り役者として舞台に立ち、スイス、ドイツ国内を巡業。
彼には高い志と優れた容貌があったので、劇団でもすぐに頂点に立った。
映画には1911年から1914年までたびたび出演していた。
キャリア=
渡米前まで=
1918年から有名な舞台上の表現主義を推し進めていったプロデューサー、舞台監督、デザイナー及び興行主のマックス・ラインハルトの劇団にベルリンで所属し、演じるようになる。
1920年から本格的に映画に復帰。
当時のドイツのサイレント映画界において自然主義・ロマン主義的な主役や逆にドイツ表現主義やゴチックな表現もどちらもできる国内でも有名かつ成功した俳優の一人になる。
しかしディターレは師の与えたインスピレーションにより演技より映画監督に興味を持つようになる。
1923年までに20本近くの映画に出演後、本名のヴィルヘルム・ディテルレの名前で映画監督としてデビュー、最初の主演女優は若いマレーネ・ディートリヒであった。
ディターレの妻のシャルロッテ・ハーゲンブ ……
ウィリアム・ディターレが亡くなってから、51年と348日が経過しました。(18976日)