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中尾銑治 氏(なかおせんじ)

競馬騎手、調教師[日本]

2010年 1月16日 死去享年76歳

中尾 銑治(なかお せんじ、1935年7月3日 - 2010年1月16日)は、日本の国営競馬および日本中央競馬会 (JRA) に所属した騎手、調教師。
調教師時代のおもな管理馬に、1997年の皐月賞、東京優駿を制したサニーブライアンがいる。
京都府京都市出身。
長男・俊秀と三男・得治は調教助手、次男・篤吏は装蹄師。
それぞれ調教師の中尾謙太郎は実兄、中尾正は実弟、中尾秀正は甥。
義兄に騎手・調教師の宮本悳がいる。
経歴= 1935年、京都競馬場で厩務員をしていた中尾嘉蔵の次男として生まれる。
2歳年上の兄に謙太郎、1938年に弟の正が生まれている。
1941年末に勃発した太平洋戦争の激化とともに、一時父の実家である奈良県に疎開、その後、父の軍事徴用に伴って妹と共に軍港のあった広島県呉市に移った。
同地で終戦を迎えたあとに京都へ戻り、中学校卒業後1953年に騎手候補生として鈴木甚吉厩舎に入った。
鈴木は日本のホースマンの祖として一系を成し、武田文吾などを育てた名伯楽であったが、当時すでに病身であり、銑治はその最後の直弟子となった。
翌1954年に鈴木の健康状態が悪化し、兄弟子の武田文吾厩舎へ移籍。
1956年2月に武田厩舎から騎手としてデビューした。
しかし体重が重かったため数多く騎乗できず、目立った活躍はなかった。
騎手生活の後半は父の勧めで関東に移り、1970年に騎手を引退した。
通算1122戦75勝。
1973年に調教師免許を取得し、翌1974年に中山競馬場に ……

中尾銑治さんが亡くなってから、14年と309日が経ちました。(5423日)

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