須田一政 氏(すだいっせい)
写真家[日本]
2019年 3月7日 死去老衰享年80歳
須田 一政(すだ いっせい、1940年(昭和15年)4月24日 - 2019年(平成31年)3月7日)は、日本の写真家。
日常に潜む闇や妖しさなどと形容される、独自のスタイルによるスナップ写真を得意とした。
また、大阪芸術大学写真学科の教授を務めるなど、後進の育成にも励んだ。
略歴=
1940年、東京市神田区に生まれる。
若い頃にはウィリアム・クライン、リチャード・アヴェドン、アーヴィング・ペンの写真集を洋書店で眺め、特にペンの作品を好んだという。
1959年(昭和34年)に東洋大学法学部へ入学し、同大在学中より東京綜合写真専門学校の一期生らによるプロ・アマ写真家によって形成された「ぞんねぐるっぺ」に入会、写真の虜となった。
1961年(昭和36年)、東洋大学を退学して東京綜合写真専門学校に入学、本格的な写真技術を学んだ。
同校卒業後の1963年(昭和38年)、『日本カメラ』誌の月例コンテストで霊場恐山に旅した記録写真を『恐山』と題して発表、同誌の年間最優秀作家賞を受賞した。
これによりアマチュア写真家として高い評価を受けていた須田であったが、家業を継ぐ為に写真家としての活動を休止する。
1967年(昭和42年)、寺山修司主催の劇団『演劇実験室 天井桟敷』が設立されると、寺山の戯曲を好んでいた須田が劇団のスタッフ募集広告を見て応募し、専属カメラマンとして採用される。
これにより写真活動を再開することとなった。
ここでは「一つのものに盲目的に ……
須田一政さんが亡くなってから、5年と260日が経ちました。(2086日)