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角谷静夫 氏(かくたにしずお)

数学者[日本]

2004年 8月17日 死去享年94歳

角谷静夫 - ウィキペディアより引用

角谷 静夫(かくたに しずお、1911年(明治44年)8月28日 - 2004年(平成16年)8月17日 )は、日本の数学者。
イェール大学名誉教授。
娘は日系アメリカ人文芸批評家のミチコ・カクタニ(角谷美智子)。
関数解析や確率論の研究で著名。
来歴[編集] 大阪市生まれ。
甲南高等学校 (旧制)の文科を経て、1934年東北帝国大学理学部数学科卒業。
大阪帝国大学助教授、1940年、アメリカのプリンストン高等研究所に留学。
太平洋戦争中も同研究所で研究を続けるが、1942年に母親の意志を受けて帰国。
1948年、再びプリンストン高等研究所に戻る。
1949年イェール大学准教授、1952年同教授。
1982年、定年退職。
コネティカット州ニューヘブンにて死去。
業績[編集] 1941年(昭和16年)に不動点定理を発表。
角谷の不動点定理はブラウワーの不動点定理を一般化したものであった。
経済学やゲーム理論において、角谷の不動点定理は現在でも頻繁に使われている。
特に、ゲーム理論においてはナッシュ均衡の存在を示すために、経済学においては一般均衡解の存在を示すために、角谷の不動点定理は決定的な役割を果たした。
1950年にはケンブリッジで開催された国際数学者会議で全体講演を行っている。
エピソード[編集] 1941年(昭和16年)8月14日、ポール・エルデシュ、アーサー・ストーンら3人と連れ立ってドライブしていたところ、ニューヨーク州ロングアイランドの立ち入り禁止区域に侵入して ……

推定関連画像

角谷静夫さんが亡くなってから、19年と344日が経ちました。(7284日)

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