塙 忠宝(はなわ ただとみ、文化4年12月4日(1808年1月1日)- 文久2年12月22日(1863年2月9日))は、江戸時代末期(幕末期)の国学者。塙保己一の四男。母は岡田イヨ。通称は次郎(じろう)。号は温故堂。なお、忠宝の諱は林述斎が命名した。
塙忠宝が亡くなってから、163年と88日が経過しました。(59624日)