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茂山忠三郎 氏

大蔵流狂言師[日本]

2011年 8月20日 死去結腸がん享年83歳

茂山 忠三郎(しげやま ちゅうざぶろう)は、狂言大蔵流の名跡。
当代で四世を数える。
初世 (1813年11月10日 - 1887年10月27日) 京都出身。
八世・茂山千五郎の弟子でのちに大蔵虎文の弟子となる 目が不自由であった。
2世 (1848年11月19日 - 1928年8月21日) 京都小川上立売出身。
本名は良豊。
初世の三男で最初の名を吉次郎。
はじめ御所御用に従事していたが維新後西南戦争に従軍を経て商売などで東京に住んだこともあったが大阪に定住。
3世 (1895年11月28日 - 1959年7月29日) 京都出身。
本名は茂山良一。
1900年「靱猿」の猿役で初舞台。
1910年「三番叟」。
1932年に茂山忠三郎襲名。
4世 茂山 忠三郎(しげやま ちゅうざぶろう、本名:茂山 倖一(しげやま こういち)、1928年4月3日 - 2011年8月20日) 京都市出身。

茂山 忠三郎氏(しげやま・ちゅうざぶろう、本名倖一=こういち=大蔵流狂言師)20日午前9時30分、結腸がんのため京都市内で死去、83歳。京都市出身。自宅は同市左京区北白川東小倉町28。葬儀は未定。喪主は長男良暢(よしのぶ)氏。 1932年に4歳で初舞台を踏み、65年に四世忠三郎を襲名。国内外で公演を重ね、大阪芸大や宝塚歌劇団で演出指導も行った。(2011/08/20-16:10)