ヨハン・ボータ 氏Johan Botha
声楽家・テノール歌手[南アフリカ共和国]
2016年 9月8日 死去享年52歳
ヨハン・ボタ(Johan Botha, 1965年8月19日 - 2016年9月8日)は、南アフリカ出身のテノール歌手。
来歴=
ルステンブルクの郵便局長の家に生まれる。
幼時より父親の収集した古いレコードを聴いて歌に親しむ。
10歳から17歳までジャーミラ・テレンガーに声楽を学んだ後、兵役で2年間空軍に所属し、軍の合唱団で歌った。
兵役が終わった後、エリック・ミュラーに学んでテノール歌手としての才能を認められる。
1990年にヨーロッパに留学し、1993年にパリのオペラ・バスティーユでジャコモ・プッチーニの《蝶々夫人》のピンカートン役を歌って注目を集め、ミラノのスカラ座、ベルリン・コーミッシェ・オーパー、ハンブルク国立歌劇場などに出演するようになった。
1996年からウィーンに住んでウィーン国立歌劇場に出演するようになり、2003年には同歌劇場から宮廷歌手の称号を得た。
1998年にはオーストリア国籍を取得している。
癌のためにウィーンで死去。
ヨハン・ボータさんが亡くなってから、8年と74日が経ちました。(2996日)