宮崎勇 氏(みやざきいさむ)
エコノミスト[日本]
(元経済企画庁長官)
2016年 1月3日 死去心不全享年94歳
宮崎 勇(みやざき いさむ、1923年〈大正12年〉10月28日 - 2016年〈平成28年〉1月3日)は、日本の経済企画官僚、政治家、エコノミスト。
インターアクション・カウンシル事務局長、経済企画庁長官、経済企画事務次官などを歴任した。
来歴=
佐賀県出身。
旧制佐賀高等学校を経て1947年東京帝国大学経済学部卒業。
東大在学中に学徒動員を経験。
東大卒業後の1947年、経済安定本部(後の経済企画庁)に入り、調査局調査官、調整局参事、1972年調査局局長、1976年総合計画局局長などを歴任後、1979年 経済企画事務次官に就任。
この間、1967年~1969年経済白書を執筆。
1980年に退官後は、1982年から大和証券経済研究所代表取締役理事長を務め、民間エコノミストとして活動。
1984年「陽はまた昇る-経済力の活用と国際的な貢献」(『中央公論』1983年7月号)で、石橋湛山賞を受賞。
1995年8月から翌年の1月まで村山改造内閣の経済企画庁長官を務めた。
1998年、勲一等瑞宝章受章。
一方では故郷である佐賀への思いも強く、「吉野ヶ里大使」や佐賀県総合開発審議会顧問を務めるなどして佐賀県発展の為に心を配っていたことでも知られた。
2016年1月3日、心不全のため死去。
92歳没。
没後に正四位へ追叙され、正八位から進階した。
著書=
『軍縮の経済学』岩波新書 1964
『暮しの経済学 佐良利満氏の生活白書』文芸春秋 1966
『経済計画の話』日本経済新聞社・日経文庫 1971
『人間の顔をした経済政 ……
宮崎勇さんが亡くなってから、8年と323日が経ちました。(3245日)