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田岡典夫 氏(たおかのりお)

作家[日本]

1982年 4月7日 死去享年75歳

田岡典夫 - ウィキペディアより引用

田岡 典夫(たおか のりお、1908年9月1日 - 1982年4月7日)は高知県出身の小説家。
来歴・人物= 中国文学者・田岡嶺雲の甥。
父親の田岡典章は東亞セメント専務、田岡式セメント石合資代表。
母の田岡寿子は日本キリスト教婦人矯風会高知支部長。
土佐中学、高知一中(現高知県立高知追手前高等学校)、東京府立一中(現東京都立日比谷高等学校)中退を経て、1926年早稲田第一高等学院に入学するも中退。
のちパリに遊学し、帰国後は6代目尾上菊五郎の俳優学校に学ぶ。
菊池寛と田中貢太郎に師事し、1943年に短篇『強情いちご』で直木賞受賞。
戦時中は熱海市桃山に住み、近所の志賀直哉や広津和郎たちと交際。
土師清二の紹介で長谷川伸に師事し、戦後は新鷹会に参加。
山本周五郎からライバル視され、「ディレッタンティズムみたいなものから抜けきれない。
そこが彼の長所であると同時に、短所になっている」と批評された。
1979年『小説野中兼山』で毎日出版文化賞受賞。
著書= しばてん 私家版 1938 武辺土佐物語 大日本雄弁会講談社 1942 九反帆口論 非凡閣 1943 土佐勤皇党外史 第1・2部 淡海堂 1943-1944 権九郎旅日記 土佐から江戸まで 大日本雄弁会講談社 1952 権九郎江戸日記 大日本雄弁会講談社 1952 南海水滸伝 世界社 1952 権九郎遍歴日記 大日本雄弁会講談社 1953 シャムの嵐 偕成社 1954 黄金の暦 豊文社 1954 権九郎帰国日記 大日本雄弁会講談社 1954 鍋墨長屋 同光社 1954 七彩の剣 同光社 1 ……

田岡典夫が亡くなってから、42年と228日が経過しました。(15569日)

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