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北野ミヤ 氏(きたのみや)

元メジロ商事会長、競走馬馬主[日本]

2004年 4月23日 死去肺炎享年92歳

北野 ミヤ(きたの ミヤ、1912年1月12日 - 2004年4月23日)は、メジロ商事株式会社、有限会社メジロ牧場の元会長。
長野県上田市生まれ。
「メジロティターンの子で天皇賞を勝て」という夫・北野豊吉の遺言を受け、メジロ牧場を引き継ぐ。
1991年には遺言どおりメジロティターンの仔・メジロマックイーンで天皇賞(春)を勝った。
そのほか1986年の牝馬三冠馬・メジロラモーヌ、メジロライアン、メジロパーマー、メジロドーベル、メジロブライトなどGIホースを次々と生産。
メジロ牧場の最盛期を築き、ファンや関係者からは「メジロのおばあちゃん」と呼ばれ親しまれたが「もう一頭のメジロに勝って欲しかった」(1990年の菊花賞で1番人気で3着に敗れたメジロライアンを指す)など歯に衣着せぬ発言をすることもあった。
1991年秋、メジロマックイーンが第104回天皇賞で進路妨害をして優勝が消えた時、競馬ファンに悲壮な表情を見せていた反面、レースの裁決委員の横柄な態度に対して激怒していた。
晩年は1961年、「髪の毛1本の差で負けた」メジロオーの2着以来の因縁が残る東京優駿(日本ダービー)制覇を目指したが叶わなかった。
2004年、肺炎のため92歳で死去。

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