佃公彦 氏(つくだきみひこ)
漫画家[日本]
2010年 6月28日 死去肺炎享年80歳
佃 公彦(つくだ きみひこ、1930年1月1日 - 2010年6月28日)は、日本の漫画家。
人物=
東京(当時東京府)出身であるが、旧制東京府立第二十一中学校(現・東京都立武蔵丘高等学校)2年生の時に父親の出身地である徳島県に疎開した。
旧制麻植中学校(現・徳島県立川島高等学校)に転校
。
卒業後、海軍兵学校予科(78期)に進むが、終戦により閉校(休校)。
東京に戻り、東京府立第二十一中学校を卒業するが、1946年に父が亡くなったことから徳島に向い、伯父が経営する造り酒屋を手伝いながら漫画のカットを徳島新聞に投稿する生活を送った後、1950年頃に東京に再度戻る。
1955年、文春漫画読本に掲載された「ほのぼの君日記」で漫画家デビュー。
1956年、東京新聞に『ほのぼの君』の連載を開始。
スタート当初は、台詞のない「サイレント漫画」形式だった。
1970年から中日新聞、東京新聞、北陸中日新聞、北海道新聞、西日本新聞に『ちびっこ紳士』を連載開始。
1984年2月、連載5,000回突破を機に『ほのぼの君』にタイトルを変更。
登場人物が子供と動物だけというものと、自然、環境問題をテーマにした作品を多く執筆した。
「ラジオ体操」のマスコットキャラクター「ラタ坊」も佃の作品である。
しかし、晩年は直腸がんや腹部大動脈瘤の手術で休載することが多くなり、2006年末にはパーキンソン病を発症、絵筆が持てなくなるなどから降板を決意し2007年3月8日掲載分をもって、『ちび ……
佃公彦さんが亡くなってから、14年と146日が経ちました。(5260日)