寛政9年生まれ。吉田南涯の娘。頼山陽に書と詩を、中林竹洞に画を学び、山水梅竹や蘭の画を得意とした。竹洞の弟子、大倉笠山と結婚、笠山没後は山城国笠置の笠山の生家に住した。慶応2年4月9日死去。70歳。京都出身。名は佐登。(参照元・講談社 デジタル版 日本人名大辞典+Plus)
吉田袖蘭が亡くなってから、158年と181日が経過しました。(57891日)