エリス・レジーナ 氏Elis Regina Carvalho Costa
歌手[ブラジル]
1982年 1月19日 死去享年38歳
エリス・レジーナ・カルヴァーリョ・コスタ(Elis Regina Carvalho Costa、ブラジルポルトガル語での発音表記に準じるとエリス・ヘジーナ、1945年3月17日 - 1982年1月19日)は、ブラジルの歌手。
1960年代から1970年代にかけて、ブラジルで最も人気のある女性シンガーであった。
彼女のヴォーカルは、心躍らせる歌声と優れた抑揚を持ち合わせており、特にアップテンポなナンバーに卓越していた。
「Furacão(ハリケーン)」や、「Pimentinha(ピメンチーニャ、小さな唐辛子)」といった愛称で呼ばれた。
人物・生涯=
ポルト・アレグレで生まれ、11歳の時にRádio Farroupilhaの子供向けラジオ番組で、歌手としてのキャリアをスタートさせた。
1959年にはラヂオ・ガウシャ(Rádio Gaúcha)と契約して、翌年にはリオデジャネイロへ赴き、彼女の最初のLPである「Viva a Brotolândia」を録音する。
1965年には、彼女が初めて受けた歌謡コンテストでエドゥ・ロボとヴィニシウス・ヂ・モライスの「アハスタォン(Arrastão)」を歌い、優勝する。
2枚目のLPである「Dois na Bossa」は、ジャイール・ロドリゲス(Jair Rodrigues)と共演盤で、ブラジル国内のレコード売り上げ記録を更新した。
1960年代の後期から1970年代の初頭にかけて、ジルベルト・ジルなどのミュージシャンたちと共にレコーディングを行ったりして、トロピカリア運動の普及に貢献。
1974年には、アントニオ・カルロス・ジョビンとのコラボレーション作品であるアルバム ……
エリス・レジーナが亡くなってから、42年と306日が経過しました。(15647日)