島田芳文(しまだよしふみ)
作詞家[日本]
(本名・島田義文)
1973年 5月3日 死去享年76歳
島田 芳文(しまだ よしふみ、1898年(明治31年)2月11日 - 1973年(昭和48年)5月3日)は昭和期の作詞家。
本名は島田義文。
経歴=
福岡県豊前市黒土生まれ。
島田芳文の実家は黒土の大地主の家であった。
早稲田大学出身。
中学時代に島田青峰、若山牧水に短歌を学ぶ。
1927年(昭和2年)、処女詩集「農土思慕」刊行。
1929年(昭和4年)、コロムビアレコードの専属作詞家になる。
1931年(昭和6年)には、古賀政男と組んだ一連の作品「キャンプ小唄」、「丘を越えて」、「スキーの唄」が大ヒット。
藤山一郎の歌声でたくさんの人々に愛唱された。
1941年(昭和16年)に「雪の満州里」を発表後、しばらくの間作詞家としての活動を休業。
戦後は、故郷黒土に移住し、農業などをして暮らした。
豊前市内の小学校、中学校、近隣の小学校、中学校の校歌はほとんどが島田芳文の作品である。
1973年(昭和48年)5月3日死去。
享年75。
現在故郷の豊前市の昼のチャイムに、代表曲「丘を越えて」が流されている。
「丘を越えて」は昭和の幕開けの歌であり、豊前市民はもとより、国民にも永く愛され歌い継がれている曲である。
豊前市役所市長室入り口には早稲田大学の後輩であるボニージャックスのCDに「丘を越えて」が収録されていることを記念に、ボニージャックスより寄贈されたサインが飾られている。
2020年3月30日から同年11月27日にかけて放送されたNHKの連続テレビ小説「エー ……
島田芳文が亡くなってから、51年と202日が経過しました。(18830日)