ユースト・ファン・デル・ヴェストハイゼン 氏Joost Van der Westhuizen
ラグビー選手[南アフリカ共和国]
2017年 2月6日 死去享年47歳
ユースト・ヘイステク・ファン・デル・ヴェストハイゼン(Joost Heystek van der Westhuizen, 1971年2月20日 - 2017年2月6日)は、1990年代後半の南アフリカ共和国のオランダ系の元ラグビーユニオン選手。
ポジションはスクラムハーフ。
南アフリカ代表でのキャップ数は89を数える。
ラグビーのプロ化が進んだ90年代で世界最高のスクラムハーフと言われている。
「9人目のフォワード」と呼ばれるとおり、スクラムハーフらしからぬ大型選手(188cm、88kg)であり、鋼鉄の肉体を生かした、力強いプレースタイルが特徴的であった。
デビュー前=
1971年 プレトリアで生まれる。
なお、同じ南アフリカのヤコ・ファン・デル・ヴェストハイゼン(Jaco Van Der Westhuysen)とは微妙にスペリングが異なる。
どちらもボーア戦争後のグレートトレックでケープタウンからプレトリアに入植したブール人の代表的な姓である。
1998年 オデンダールアフリカーナ―高校(Hoërskool FH Odendaal)卒業
1992年 南アフリカジュニア代表(the Junior Springboks)選出
1993年 プレトリア大学商学部卒業。
1993年 ブルーブルズ入団。
デビュー後=
1995年、1999年、2003年にはラグビーワールドカップでプレー。
24歳で迎えた1995年には延長の末ニュージーランド代表を下して世界一となった立役者となり、1999年のワールドカップではゲーリー・タイヒマンに代わり南アフリカ代表のキャプテンを務めた。
2003年ワールドカップ後、家庭の事情を理由 ……
ユースト・ファン・デル・ヴェストハイゼンさんが亡くなってから、7年と288日が経ちました。(2845日)