国吉源次 氏(くによしげんじ)
宮古民謡歌手[日本]
2021年 5月4日 死去享年92歳
国吉 源次(くによし げんじ、1930年6月10日 - 2021年5月4日)は、沖縄民謡(宮古民謡)の歌手。
宮古島歌謡の第一人者と称されている。
来歴・人物=
1930年、沖縄県宮古郡城辺村(後に城辺町→宮古島市)字新城に生まれる。
幼い頃から歌うことが好きで、四六時中「歌ってばかり」の少年だったという。
1945年、15歳で新城青年会に入会。
20歳の頃から地域の演芸会で歌・三線を披露するようになる。
その後、24歳で新城青年会会長に就任し、宮古島内の大会で活躍した。
1965年、宮古民謡の道に生きることを決意して宮古丸で那覇へ渡る。
翌年、琉球放送の番組「金の歌銀の歌」に出演。
宮古諸島の伊良部島に伝わる代表的な恋唄「伊良部トーガニー」を歌った。
1967年2月13日に開催された第20回NHKのど自慢沖縄地区大会では民謡の部優勝を果たし、沖縄本島においても類稀なる才能を発揮。
翌月には全国大会にも出場。
民謡歌手として本格的なデビューを遂げた。
1968年から25年連続で琉球放送の番組「新春民謡紅白歌合戦」に出演。
この年、戦前の友利明令に次ぐ戦後初めての宮古民謡のレコードを発売。
1969年に初のリサイタルを故郷宮古島で開催するも、昼夜2回、2日間の公演予定が、超満員で収容できず、3日間に延長された。
以後、これまで5回宮古でリサイタルを開催。
1971年には、那覇市内で民謡研究所を開設し、沖縄テレビの「東西民謡歌合戦」に出演。
以後、同番組に ……
国吉源次さんが亡くなってから、3年と201日が経ちました。(1297日)