マーガレット・オズボーン・デュポン 氏Margaret Osborne duPont
元テニス選手[アメリカ]
2012年 10月24日 死去享年97歳
マーガレット・オズボーン・デュポン(Margaret Osborne duPont, 1918年3月4日 - 2012年10月24日)は、アメリカ・オレゴン州ジョセフ出身の女子テニス選手。
1940年代から1950年代にかけて活躍し、4大大会で生涯通算「37勝」(女子シングルス6勝、女子ダブルス21勝、混合ダブルス10勝)を記録した。
彼女は全豪選手権には1度も出場せず、全仏選手権、ウィンブルドン選手権、全米選手権の3大会ですべての優勝記録を築いた。
フルネームは Margaret Evelyn Osborne duPont (マーガレット・イブリン・オズボーン・デュポン)という。
旧姓「マーガレット・オズボーン」の名前であったが、選手時代の1947年にウィリアム・デュポン・ジュニア(William duPont Jr.)と結婚した。
来歴=
マーガレット・オズボーンの優勝記録は、まだ第2次世界大戦の戦時中であった1941年の全米選手権女子ダブルス優勝から始まる。
最初の時は6歳年上のサラ・ポールフリー(1912年 - 1996年)と組んだが、翌1942年の全米選手権から5歳年下のルイーズ・ブラフと組むようになった。
オズボーンとブラフの組は、1942年から1950年まで全米選手権の女子ダブルスに「9連覇」を達成した。
オズボーンの4大大会女子ダブルス優勝は、ポールフリーと組んだ1941年全米選手権以外はすべてブラフとのペアで獲得したものである。
2人のペアが獲得した4大大会女子ダブルス総計「20勝」(全仏選手権3勝、ウィンブルドン選手権5勝、全米選手権12勝)は、マルチナ・ナブラ ……
マーガレット・オズボーン・デュポンさんが亡くなってから、12年と28日が経ちました。(4411日)