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折口信夫 氏(おりくちしのぶ)

民俗学者、国文学者歌人・釈迢空[日本]

1953年 9月3日 死去胃がん享年67歳

折口信夫 - ウィキペディアより引用

折口 信夫(おりくち しのぶ、1887年(明治20年)2月11日 - 1953年(昭和28年)9月3日)は、日本の民俗学者、国文学者、国語学者であり、釈迢空(しゃく ちょうくう)と号した詩人・歌人でもあった。
彼の成し遂げた研究は「折口学」と総称されている。
柳田國男の高弟として民俗学の基礎を築いた。
みずからの顔の青痣をもじって、靄遠渓(あい・えんけい=青インク)と名乗ったこともある。
歌人としては、正岡子規の「根岸短歌会」、後「アララギ」に「釈迢空」の名で参加し、作歌や選歌をしたが、やがて自己の作風と乖離し、アララギを退会する。
1924年(大正13年)北原白秋と同門の古泉千樫らと共に反アララギ派を結成して『日光』を創刊した。
1887年2月11日大阪府西成郡木津村(現在の大阪市浪速区敷津西1丁目・鷗町公園)に父秀太郎、母こうの4男として生まれる。
1890年木津幼稚園に通う。
1892年木津尋常小学校(現在の大阪市立敷津小学校)に入学する。
1894年叔母えいから贈られた『東京名所図会』の見開きに初めて自作歌を記す。

おりくちしのぶ [生]1887.2.11.大阪,木津[没]1953.9.3.東京歌人,国文学者,民俗学者。号,釈迢空(しゃくちょうくう)。1910年國學院大學国文科卒業。学生時代より作歌に親しみ『アララギ』の同人となった(1917)が,のち反「写生」の立場に転じ北原白秋らと雑誌『日光』を創刊(1924),1925年四句詩形式で美意識の強い浪漫調の処女歌集『海やまのあひだ』を出版した。また柳田国男に師事して民俗学の開拓に努める一方,國學院大學教授となって(1922),『万葉集』『源氏物語』の講座を担当した。1948年には詩集『古代感愛集』で日本芸術院賞を受けるなど活動は多岐にわたった。そのほかの代表作『古代研究』(1929~30),歌集『春のことぶれ』(1930),小説『死者の書』(1939)など。没後日本芸術院より恩賜賞が贈られた。 (引用元 コトバンク)