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コロムビア・トップ 氏

漫才師、元コロムビア・トップ・ライト[日本]

2004年 6月7日 死去享年83歳

コロムビア・トップ - ウィキペディアより引用

コロムビア・トップ(1922年5月6日 - 2004年6月7日)は、日本の漫才師、漫談家、政治家。
参議院議員。
本名、下村 泰(しもむら ゆたか)。
勲等は勲二等。
東京市浅草区(現:東京都台東区浅草)出身。
三男は俳優の下村彰宏。
「青空一門」の総帥。
漫才協団(現:漫才協会)を率いて「トップに嫌われては東京の漫才師としては生きられない」と言われる程の勢力を誇った。
議員活動としては「あゆみの箱」活動、障害者福祉などの分野に取り組んだ。
議会内では必ず和服を着ていた。
1994年3月に当時の細川護煕首相と会食した際、首相が「辞めたい」とこぼした事を報道陣に暴露し騒然となる。
細川は一ヶ月後退陣に追い込まれた。
最晩年は癌を患いながらも死去する数ヶ月前までラジオに生出演するなど仕事への執念を見せた。
懐メロ番組の司会も多く務め、「昭和歌謡大全集」ではご意見番として出演し、「年忘れにっぽんの歌」では途中何度か間はあるものの、1968年から2000年まで通算30年以上司会を務めている。

コロムビアトップ 職業漫才師 肩書参院議員,漫才協団名誉会長 本名下村泰(シモムラユタカ) グループ名旧コンビ名=コロムビア・トップ・ライト 生年月日大正11年5月6日 出生地東京市浅草区(東京都台東区) 学歴北辰電機青年学校〔昭和15年〕卒 経歴昭和17年陸軍に入隊、加藤隼戦闘隊員として各地を転戦。復員後の21年、抑留中に知り合った池田喜作(初代ライト)と漫才コンビを組み、“青空トップ・ライト”としてデビュー。25年初代ライトが亡くなると2代目ライト(本名・島屋二郎)とコンビを結成。27年コロムビアレコード専属となり、コンビ名を“コロムビア・トップ・ライト”に改称、社会・政治を風刺した時事漫才で人気を集める。49年参院選全国区に初当選し、政界入り。漫才コンビは解消し、議員活動の傍ら一人で芸能活動を続ける。50年から二院クラブに所属。55年落選、57年コンビを復活するが、58年野坂昭如の衆院選出馬により繰り上げ当選。平成元年3期目の当選を果たし、二院クラブ代表も務めた。7、10年落選し政界を引退。昭和57年からあゆみの箱代表理事を務めるなど一貫して障害者福祉問題や老人問題に取り組み、20にのぼる福祉厚生関連法案の立法化に関わった。また39年東京の漫才師で作る漫才研究会(漫才協団)会長に就任、東京漫才の大御所として活躍し、門下から“青空千夜・一夜”“青空球児・好児”“青空はるお・あきお”らを輩出。晩年は胃癌や食道癌、中咽頭癌との闘病生活の傍ら、司会や漫談、内海桂子との“熟年漫才”コンビなどで活動を続けた。 所属団体漫才協団(名誉会長) 受賞芸術祭賞奨励賞〔昭和38年〕,日本文芸大賞(特別賞第9回 …… (引用元 コトバンク)