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国吉康雄 氏

画家[日本]

1953年 5月14日 死去胃がん享年65歳

国吉康雄 - ウィキペディアより引用

国吉 康雄(くによし やすお、1889年9月1日 - 1953年5月14日)は、日本の洋画家。
岡山県岡山市中出石町(現・岡山市北区出石町一丁目)出身。
20世紀前半にアメリカ合衆国を拠点に活動した。
誕生・および幼少期 国吉は1889年、岡山市内に人力車夫・国吉宇吉と以登の一人息子として誕生。
弘西小学校、内山高等小学校を経て1904年に岡山県立工業学校の染料科に入学したが、1906年に退学し、カナダ経由でアメリカに渡った。
国吉自身は渡米の理由について「父の助言」と後に述べたが、英語の習得を目的とした一少年の冒険とも評され、また当時は日本人のアメリカ移民が流行していた事も背景にあるといわれる。
しかし同年はアメリカが帰化法を改正して、日本人移民1世のアメリカ国籍取得を事実上不可能にした年でもあった。
アメリカへの移住、画学生時代 国吉のアメリカ生活はシアトルから始まり、鉄道工夫、農業労働者、ホテルの雑役夫により糊口を凌いだ。

(1889-1953)洋画家。明治22年岡山市生まれ。39年渡米、働きながらロサンゼルス美術学校夜間部に通う。43年ニューヨークに移る。ナショナルアカデミー・オブ・デザイン、インディペンデント・スクールに学び、大正5年アート・ステューデンツ・スクールに入学、ケネス・ヘイズ・ミラーに師事した。11年ニューヨークのダニエル画廊にて初個展。14年と昭和3年ヨーロッパを旅行、二度目にはジュール・パスキンと交友し感銘を受ける。4年ニューヨーク近代美術館主催『一九人の現存アメリカ作家絵画展』に選ばれ5点出品。6年一時帰国し東京、大阪で個展。翌年帰米。8年よりアート・ステューデンツ・リーグで教鞭をとる。19年カーネギー・インスティテュート主催『1944年アメリカ合衆国展』にて1等賞受賞。戦後23年ホイットニー美術館で回顧展、27年ヴェネツィア・ビエンナーレアメリカ館で個人展示が行われた。初期の素朴な空想的表現、中期のパスキンの影響を経て、後期はアメリカ表現主義的作風を展開した。昭和28年ニューヨークで歿、63才。 (引用元 コトバンク)