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本居宣長(もとおりのりなが)

国学者[日本]

(享和元年9月29日没)

1801年 11月5日 死去享年72歳

本居宣長 - ウィキペディアより引用

本居 宣長(もとおり のりなが)は、江戸時代の国学者・文献学者・医師。
名は栄貞。
通称は、はじめ弥四郎、のち健蔵。
号は芝蘭、瞬庵、春庵。
自宅の鈴屋(すずのや)にて門人を集め講義をしたことから鈴屋大人(すずのやのうし)と呼ばれた。
また、荷田春満、賀茂真淵、平田篤胤とともに「国学の四大人(しうし)」の一人とされる。
契沖の文献考証と師・賀茂真淵の古道説を継承し、国学の発展に多大な貢献をしたことで知られる。
宣長は、真淵の勧めで、当時既に解読不能に陥っていた『古事記』を研究して解読に成功し、約35年を費やして『古事記』註釈の集大成である『古事記伝』を著した。
『古事記伝』の成果は、当時の人々に衝撃的に受け入れられ、国学の源流を形成してゆくこととなった。
本居宣長は、『源氏物語』の中にみられる「もののあはれ」という日本固有の情緒こそ文学の本質であると提唱し、大昔から脈々と伝わる自然情緒や精神を第一義とし、外来的な儒教の教え(「漢意」)を自然に背く考えであると非難し、中華文明を参考にして取り入れる荻生徂徠を批判したとされる。

  • 題名
    吟詠の友9 黒田武士
    歌手
    一色敏子
    発売元
    コロムビアミュージックエンタテインメント
    発売日
    1994年4月21日
    新品価格
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国学者(1730-1801).旧姓は小津.通称は春庵,中衛,号は鈴屋. 伊勢国松坂の木綿問屋に生まれるが,家業の不振と商家に不向きな性格のため,母の勇断で医学修行に京都へ遊学.上京中,堀景山に漢学を学ぶかたわら,景山を通じて契沖の歌学に触れて開眼. やがて賀茂真淵に会い,『古事記』研究を託されるとともに正式入門.文通により『万葉集』『宣命』などについての質疑を続ける.後半生は『古事記伝』の完成に勢力を傾け,1798年に終業. その他,『続紀歴朝詔詞解』『大祓詞後釈』『馭戎慨言』『うひやま踏』『排蘆小船』『源氏物語玉の小櫛』『詞玉緒』など. 長子本居春庭も国学者。高名な弟子に青柳種信などがいる。 (引用元 Hatena Keyword)