藤沢周平 氏(ふじさわしゅうへい)
作家[日本]
1997年 1月26日 死去肝不全享年71歳
藤沢 周平(ふじさわ しゅうへい、1927年(昭和2年)12月26日 - 1997年(平成9年)1月26日)は、日本の小説家。
山形県鶴岡市出身。
本名:小菅 留治(こすげ とめじ)。
江戸時代を舞台に、庶民や下級武士の哀歓を描いた時代小説作品を多く残した。
とくに、架空の藩「海坂藩(うなさかはん)」を舞台にした作品群が有名である。
来歴・人物=
生い立ち=
山形県東田川郡黄金村大字高坂字楯ノ下(現在の鶴岡市高坂)に生まれる。
父小菅繁蔵と母たきゑの第四子(兄弟は順に繁美、このゑ、久治、留治、てつ子、繁治)。
実家は農家で、藤沢自身も幼少期から家の手伝いを通して農作業に関わり、この経験から後年農村を舞台にした小説や農業をめぐる随筆を多く発表することになる。
郷里庄内と並んで農は、作家藤沢周平を考えるうえで欠くことのできない要素である。
1934年(昭和9年)、青龍寺尋常高等小学校入学(在学中に黄金村国民学校に改称。
現在は鶴岡市立黄金小学校)。
小学校時代からあらゆる小説、雑誌の類を濫読し、登下校の最中にも書物を手放さなかった。
また、6年生の頃には時代物の小説を書いた。
1938年(昭和13年)、11歳の時ひどい吃音に悩まされる。
1942年(昭和17年)、15歳の時、黄金村国民学校高等科を卒業し、山形県立鶴岡中学校(現:鶴岡南高校)夜間部入学。
昼間は印刷会社や村役場書記補として働いた。
1945年(昭和20年)、18歳、「8月15日の終戦のラジ ……
藤沢周平さんが亡くなってから、27年と302日が経ちました。(10164日)