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宮尾登美子 氏(みやおとみこ)

作家[日本]

2014年 12月30日 死去老衰享年89歳

宮尾 登美子(みやお とみこ、1926年4月13日 - 2014年12月30日)は、日本の小説家。
高知県高知市生まれ。
高坂高等女学校卒業。
高知の遊郭で芸妓紹介業を営む岸田猛吾の子として生まれる。
実母は女義太夫。
この遊廓のことは『櫂』に描かれている。
12歳で父母が離婚し父に引き取られ、義母・喜世に育てられる。
1943年に高坂高等女学校を卒業し、吾川郡池川町(現仁淀川町)の安居国民学校の代用教員となる。
1944年、同僚の前田薫と結婚。
心臓神経症を発症し、長く悩まされる。
1944年満蒙開拓団の一員として家族で満洲に渡る。
長女を出産するが、敗戦のため辛酸をなめ、1946年夫の実家がある高知へ引き揚げ、農業に従事。
この満洲体験は『朱夏』に描かれる。
1947年肺結核で病臥する中、『小説新潮』などを読む。
1948年初めての小説「村芝居」を『文藝首都』に投稿。
1949年に次女を生み、母を失くす。
1951年に父を失う。
1951年から1958年まで村立保育所の保母として勤務。
1958年高知県社会福祉協議会に保育係として勤務。
1962年、神戸で取材して書いたラジオドラマ「真珠の家」がNHK高知放送局のラジオドラマ脚本募集で佳作一席となり、仕事を辞め文筆生活に入る。

みやおとみこ [生]1926.4.13.高知,高知[没]2014.12.30.東京,狛江小説家。高坂高等女学校を卒業後,代用教員を務めた。17歳で結婚,夫とともに満州に渡り,第2次世界大戦の終戦を同地で迎えた。1946年帰郷。社会福祉関係の仕事に携わるかたわら創作し,1962年『連』(筆名前田とみ子)で婦人公論女流新人賞を受賞した。その後,離婚,再婚を経て上京。芸妓娼妓紹介業を営んでいた生家に出入りする女たちや父母を描いた『櫂』(1972)で太宰治賞を受賞,作家としての地位を築いた。その後『陽暉楼』(1976),『寒椿』(1977。女流文学賞),『一絃の琴』(1978。直木賞),『鬼龍院花子の生涯』(1980),『序の舞』(1982,吉川英治文学賞),『天璋院篤姫』(1984),『蔵』(1993)など多くの話題作を発表した。作品の多くが映画・舞台・テレビドラマ化された。1989年紫綬褒章,1998年勲四等宝冠章を受章。2008年菊池寛賞を受賞,2009年文化功労者に選ばれた。 (引用元 コトバンク)