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淡路恵子 氏(あわじけいこ)

女優[日本]

2014年 1月11日 死去食道がん享年81歳

淡路恵子 - ウィキペディアより引用

淡路 恵子(あわじ けいこ、1933年7月17日 - 2014年1月11日)は、日本の女優。
本名は井田 綾子(いだ あやこ)。
1933年、東京・品川に生まれる。
家は二階建ての借家だった。
父は海軍の軍人だったが、胸を患って海軍省を辞め自宅療養していた。
母は助産婦。
集団疎開先の富山県から一時荏原に戻った時激しい空襲に遭った。
そのため茨城県の母の親戚の所へ疎開に行く。
田舎暮らしを体験。
府立第八高等女学校(現・東京都立八潮高等学校)を受験、合格する。
13歳の時、終戦の翌夏父親が他界。
「女医にしたい」という母の願いをよそに、淡路はSKDに合格、卒業まであと数か月だったが第八高女を退学した。
1948年に松竹歌劇団の養成学校である松竹音楽舞踊学校に4期生として入学。
1949年、入団前の学校生の時に黒澤明監督に抜擢され、新東宝『野良犬』で舞台より早く映画でのデビューを果たす。
1950年、松竹歌劇団に入団。
草笛光子、深草笙子と組んでスリーパールズにも抜擢され歌に踊りに大活躍した。
1953年からは多くの松竹映画に出演。
主演したメロドラマ『この世の花』は続編、続々編と大ヒットしたため完結編まで全10部作となった。

淡路恵子(1933年7月17日 - 2014年1月11日、本名:井田綾子)は、日本の女優である。 東京都品川区出身。 1948年に松竹歌劇団の養成学校である松竹音楽舞踊学校に4期生として入学。 1949年、入団前の学校生の時に黒澤明監督に抜擢され、新東宝映画『野良犬』に映画デビュー。 1950年、松竹歌劇団に入団、以後、エキゾチックな美貌で文芸・シリアス・コメディを問わず映画を中心に舞台、テレビで活躍。 20歳のときにフィリピン人歌手ビンボー・ダナオと結婚し長男の島英津夫と次男(一般人のため非公表)を出産。二児の母となるが1965年に離婚。1966年に中村錦之助と再婚し女優業を引退、三男・四男を出産。しかし、萬屋の個人事務所である中村プロが莫大な負債を抱え倒産。甲にしきとの不倫問題などで1987年に離婚。女優業に復帰し『男はつらいよ』シリーズに出演するなど精力的に活動を再開した。 2014年1月11日、食道がんのため、東京都港区の病院で死去。80歳没。 生前、ゲームソフト「ドラゴンクエスト」の大ファンとしても知られており、取材に対して「第1作目からやっている」や、入院中も「病院のベッドの上でドラクエ漬け」などと答えていたという。 (引用元 Hatena Keyword)