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沼田紅緑(ぬまたこうろく)

映画監督脚本家俳優[日本]

1927年 3月30日 死去レプトスピラ症享年37歳

沼田紅緑 - ウィキペディアより引用
  • 題名
    小雀峠 [DVD]
    監督
    沼田紅緑
    出演俳優
      発売元
      ディスクプラン
      発売日
      2008年9月25日
      新品価格
      ¥ 800 より
      中古商品
      ¥ 300 より

    の言及 【市川右太衛門】より …映画初出演作は1925年,牧野省三の目に止まって入社したマキノ・プロでの《黒髪地獄》で,これより市川右太衛門と名のり,《快傑夜叉王》《孔雀の光》《新釈紫頭巾》《鳴門秘帖》などの時代劇に出演,たちまち人気スターとなった。だが,27年,デビュー作以来コンビを組んできた沼田紅緑監督の死を一契機に,市川右太衛門プロダクションを設立,奈良市郊外あやめヶ池の撮影所を拠点に,幕末の動乱期に新旧勢力のはざまで苦悩する武士を描いた伊藤大輔監督の名作《一殺多生剣》(1929)などのいわゆる〈傾向映画〉とともに,多くの時代劇を製作した。その1本が古海卓二監督《旗本退屈男》(1930)である。… 【月形竜之介】より …また,月形陽候と名のった一時期もある。東京の荏原中学,三田英語学校を経て,1920年,京都の日活俳優養成所に入り,尾上松之助主演《仙石権兵衛》に端役で映画初出演,やがて牧野省三のマキノ映画で,数本の端役出演ののち,24年,阪東妻三郎主演《粟飯の焚ける間》で本格的な映画デビューを果たし,さらに《雲母阪(きららざか)》《討たるる者》《復讐の日》とつづけて阪東妻三郎と共演して認められ,沼田紅緑監督《刃光》二部作で主演スターとなった。以後,マキノ時代劇の一翼をになうスターとしての活躍は華々しく,《文明の復讐》(1925),《修羅八荒》《転落》(ともに1926),《悪魔の星の下に》《道中悲記》《砂絵呪縛》(ともに1927)などで,人気を不動のものにした。… ※「沼田紅緑」について言及している用語解説の一部を掲載しています。 (引用元 コトバンク)