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葉山嘉樹(はやまよしき)

作家[日本]

1945年 10月18日 死去脳溢血享年62歳

葉山 嘉樹(はやま よしき、1894年(明治27年)3月12日 - 1945年(昭和20年)10月18日)は日本のプロレタリア文学の作家である。
福岡県京都郡豊津村(現・みやこ町)出身。
生涯 士族の家庭に生まれる。
旧制豊津中学(現福岡県立育徳館高等学校)から1913年に早稲田大学高等予科に進学するも、学費未納により除籍。
その後、船員としてカルカッタ航路や室蘭-横浜航路の貨物船に乗船した。
このときの経験が後年の作品の素材となっている。
1920年(大正10年)、名古屋のセメント工場(1918年(大正7年)設立の名古屋セメント。
同社は1922年(大正11年)に豊国セメントに合併される。
)に勤務、そこでの労働事故をきっかけに労働組合を作ろうとするが失敗し、解雇される。
その後名古屋労働者協会に加入、各種労働争議を指導した。
1923年(大正12年)、「名古屋共産党事件」で検挙、名古屋刑務所に未決囚として投獄され、獄中で「淫売婦」「難破」(のちに「海に生くる人々」と改題)を執筆。

はやまよしき [生]1894.3.12.福岡,豊津[没]1945.10.18.満州,徳恵付近小説家。本名,嘉重。1913年早稲田大学文科に入学したが遊蕩にふけり退学。海員生活その他を通して次第に労働運動に接近,そのため投獄され,入獄中書いた作品も多い。『淫売婦』(1925),『セメント樽の中の手紙』(26),長編『海に生くる人々』でプロレタリア文学の先駆者としての地位を確立。34年頃から長野県の天竜,木曾に住み,『今日様』(33),『山谿に生くる人々』(34)など庶民性の濃い短編を書き,43年には満蒙開拓団に参加して大陸に渡った。敗戦後引揚げ列車の車中で死亡。 (引用元 コトバンク)

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