足利義視(あしかがよしみ)
足利将軍家一門[日本]
(延徳3年1月7日没)
(ユリウス暦) 1491年 2月15日 死去享年53歳
足利 義視(あしかが よしみ)は、室町時代中期から後期にかけての武将。
足利将軍家の一族で、応仁の乱における西軍(西幕府)では、事実上の将軍でもあった。
室町幕府の6代将軍・足利義教の十男。
異母兄に7代将軍の足利義勝と8代将軍の足利義政、堀越公方の足利政知(実際は次兄にあたる)がいる。
子に10代将軍の足利義稙(義材・義尹)などがいる。
足利 義視(あしかが よしみ)は、室町時代中期から後期にかけての武将。
足利将軍家の一族で、応仁の乱における西軍(西幕府)では、事実上の将軍でもあった。
室町幕府の6代将軍・足利義教の十男。
異母兄に7代将軍の足利義勝と8代将軍の足利義政、堀越公方の足利政知(実際は次兄にあたる)がいる。
子に10代将軍の足利義稙(義材・義尹)などがいる。