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南部利敬(なんぶとしたか)

陸奥盛岡藩主[日本]

(文政3年6月3日没)

1820年 7月12日 死去享年39歳

南部利敬 - ウィキペディアより引用

南部 利敬(なんぶ としたか、天明2年9月29日 (旧暦) 9月29日(1782年11月4日) - 文政3年6月3日 (旧暦) 6月3日(1820年7月12日)は、陸奥国盛岡藩の10代藩主。
9代盛岡藩主南部利正の次男。
諱は初め信敬なお、改名前に松平輝延や井伊直中との縁談が成立した姉2人は『南部大膳太夫信敬の姉』と表記される。
、後に利敬。
通称は慶次郎。
生母は田中氏。
官位は従四位下、大膳大夫。
正室は浅野重晟の娘。

天明4年(1784年)、わずか2歳で父の死により家督を相続したが幼年過ぎて末期養子の禁に抵触しての改易や減棒を恐れたためか安永8年(1779年)で幕府の方に届出を出している。
文化 (元号) 文化5年(1808年)に蝦夷警護の功績により盛岡藩は10万石から20万石に昇格し、従四位侍従に叙任。
なお、同年に司法機関にあたる評定所を設置し、法典の『文化律』を制定する。
文化14年(1817年)には南部藩を盛岡藩に改称する。