藤原定家(ふじわらのさだいえ)
公家、歌人[日本]
(仁治2年8月20日没)
(ユリウス暦) 1241年 9月26日 死去享年80歳
藤原 定家(ふじわら の さだいえ/ていか)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。
藤原北家御子左流、正三位・藤原俊成の二男。
最終官位は正二位・権中納言。
京極殿または京極中納言と呼ばれた。
『小倉百人一首』の撰者で権中納言定家を称する。
藤原 定家(ふじわら の さだいえ/ていか)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人。
藤原北家御子左流、正三位・藤原俊成の二男。
最終官位は正二位・権中納言。
京極殿または京極中納言と呼ばれた。
『小倉百人一首』の撰者で権中納言定家を称する。