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菱川師宣(ひしかわもろのぶ)

浮世絵師[日本]

(元禄7年6月4日没)

1694年 7月25日 死去享年歳

菱川師宣 - ウィキペディアより引用

菱川 師宣(ひしかわ もろのぶ、元和4年〈1618年〉 - 元禄7年6月4日〈1694年7月25日〉)とは、近世日本の画家。
江戸初期に活動した浮世絵師の一人。
生年は寛永7-8年(1630年-1631年)ともいわれる。
享年64-65あるいは77。
浮世絵を確立した人物であり、すなわち最初の浮世絵師である。
浮世絵の確立者であり、しばしば「浮世絵の祖」と称される。
それまで絵入本の単なる挿絵でしかなかった浮世絵版画を、鑑賞に堪え得る独立した一枚の絵画作品にまで高めるという重要な役割を果たした。
初めは無記名で版本の挿絵を描いており、初作は寛文11年(1671年)刊行の噺本「私可多咄」(無款)であるとされ、翌寛文12年(1672年)、墨摺絵本「武家百人一首」(千葉市美術館所蔵)においてその名前(絵師 菱川吉兵衛)を明らかにした。
その後、次第に人気を博し、墨摺絵入り本・絵本を数多く手がけた。
「浮世百人美女」、天和2年(1682年)刊「浮世続」(国立国会図書館所蔵)、天和3年(1683年)刊「美人絵づくし」(ボストン美術館所蔵)などに市井の女たちを描写し評判高く、生涯において100種以上の絵本や50種以上の好色本に筆をとっている。

ひしかわもろのぶ [生]?[没]元禄7(1694).6.4.江戸時代初期の浮世絵師。名は吉兵衛。剃髪して友竹と号した。安房国(千葉県)の縫箔を家業とする家に生れる。寛文年間(1661~73),画家を志して江戸に出てから死没(一説に数え年77歳)するまで,菱川派の祖としてその配下の画工たちと,150種にも上る絵本,挿絵本,一枚絵の組物といった版画作品(このうちの多くは好色本),および主として遊楽の場面を描いた多くの肉筆画を精力的に制作した。墨摺本と呼ばれる墨一色の世界に,明暦の大火(57)以後,文化的な欲求を高め活気を呈してきた当時の江戸の庶民の生活や,風俗を表現している。ことに彼の描き出した美人のタイプは「菱川様の吾妻おもかげ」と呼ばれ,広く普及した。浮世絵の元祖といわれる。主要作品は版画では『伽羅枕』(61~73),『秘戯図』,肉筆画では『北楼及演劇図巻』(72~89,東京国立博物館),『見返り美人図』(93頃,同)。 (引用元 コトバンク)

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