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川本信彦 氏

元小西六写真工業<現コニカミノルタホールディングス>社長[日本]

2011年 8月21日 死去老衰享年94歳

川本 信彦(かわもと のぶひこ、1936年3月3日 - )は、本田技研工業(ホンダ)の第4代社長。
東京都出身。
東北大学大学院精密工学科卒業。
1963年に大学を卒業し本田技研工業に入社。
入社理由は軽飛行機技術者応募広告を見て応募した。
入社当初は後にホンダの3代目社長となる久米是志の助手として、ホンダ初の四輪市販車「型式:AS280(後の商品名;S500)」「型式:AK250(後の商品名;T360)」のエンジン開発に携わる。
1964年には当時のF2用1,000ccエンジンを久米と共に開発、翌1965年からヨーロッパF2に参戦するブラバムチームに供給を開始。
1966年には久米・川本の手がけたF2エンジンを搭載したブラバムチームの車がF2で開幕11連勝を飾る。
この頃F2エンジン開発の傍ら、入交昭一郎らと共に生沢徹が運転するS600のチューンアップを手がけたりもしている。
1967年にはホンダF1のエンジン責任者に就任、水冷3,000ccエンジンの設計を任されるが、この頃本田宗一郎が空冷エンジンによるF1参戦計画(詳しくはホンダ・RA302を参照)を提唱したため、水冷エンジンの開発が後回しにされるなどの不運が重なりレースの成績は芳しくなかった。

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