芸能人・経営者のおくやみ情報

蓮如(れんにょ)

侶、浄土真宗本願寺第8世[日本]

(明応8年3月25日入滅)

(ユリウス暦) 1499年 5月14日 死去享年85歳

蓮如 - ウィキペディアより引用

蓮如(れんにょ)は、室町時代の浄土真宗の僧。
本願寺第8世。
本願寺中興の祖。
同宗旨では、「蓮如上人」と尊称される。
諱は兼壽。
院号は信證院。
明治15年(1882年)に、明治天皇より「慧燈大師」の諡号を追贈されている。
しばしば本願寺蓮如と呼ばれる。
文献によっては「蓮如」と「辶 」(二点之繞)で表記される場合がある。
真宗大谷派では「蓮如」と表記するのが正式である 。
親鸞の直系とはいえ蓮如が生まれた時の本願寺は、青蓮院の末寺に過ぎなかった。
他宗や浄土真宗他派、特に佛光寺教団の興隆に対し、衰退の極みにあった。
その本願寺を再興し、現在の本願寺教団(本願寺派・大谷派)の礎を築いたことから、「本願寺中興の祖。
と呼ばれる。
生涯 年齢は、数え年。
日付は、『御文』(『御文章』)などの文献との整合を保つ為、いずれも旧暦(宣明暦)表示とする(生歿年月日を除く)。
応永22年2月25日(1415年4月13日)、京都東山の本願寺(現在の知恩院塔頭崇泰院(そうたいいん)付近)にて、本願寺第7世存如の長子として生まれる。

れんにょ [生]応永22(1415).2.25.京都[没]明応8(1499).3.25.山科室町時代の浄土真宗中興の祖。本願寺第8世。第7世存如とその召使の女性との間に生まれ,幼名は布袋丸。17歳のとき青蓮院尊応の室に入り,次いで大谷の草庵で宗義をきわめ,文安4(1447)年に関東に下り,親鸞の遺跡を巡拝した。長禄1(1457)年に本願寺の宗統を継ぎ,門徒の教化に努め,日常語で宗学の要を説いた。精力的かつ現実に対応するやわらかい頭脳と,人間的魅力によって教化に成功し,教団を拡大した。東北各地の旅ののち文明3(1471)年に越前の吉崎に道場を設け,北陸の教化に努めた。明応5(1496)年大坂に石山別院を営んだ。1882年に慧燈大師と勅諡された。著書『正信偈大意』『御文(御文章)』『領解文』など。蓮如の教示の文章を東本願寺では「おふみ」と呼び,西本願寺では「ごぶんしょう」と呼ぶ。 (引用元 コトバンク)